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水戸地方裁判所 昭和37年(レ)8号 判決

控訴人 大高みつ

被控訴人 片岡直

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の提出、援用、認否は、以下を補充する外、原判決事実摘示記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

被控訴代理人は

一、被控訴人が、訴外小林育造に代位し、控訴人に対し、仮処分を申請し、昭和三四年一二月二四日、水戸簡易裁判所でなされた仮処分決定の内容は「被申請人(控訴人)は本件二筆の土地について、譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない」というのである。被控訴人は右代位の事実を、小林育造に通知はしなかつたが、同人と控訴人とは内縁関係にあるものであるから、小林は本件土地の所有権移転につき県知事に対し許可申請をなした当時右代位の事実を知つていたものである、と述べ甲第八、九号証を提出した。

控訴代理人は

一、水戸簡易裁判所でなした仮処分決定の内容が被控訴人主張のようなものであることは認める。しかし小林育造は控訴人と内縁関係にあつたが、県知事に対し本件土地の所有権移転の許可申請をした当時は既に内縁関係は解消していたので、小林は債権者代位の事実については何ら知らなかつた。

二、小林育造の資産は、水戸市砂久保町四八一五番木造木皮葺平家建居宅建坪一五坪五合だけであり、右の家屋には、訴外亡石垣絹子のため昭和二六年一〇月二三日元金三〇万円、返済期昭和二七年一〇月三一日、利息年一割の約定による債権の担保として、抵当権が設定されているが、右の債務は昭和二七年六月頃弁済により消滅している、従つて小林は無資力でないから被控訴人は、債権者代位をなしえない。と述べた。〈証拠省略〉

理由

一、被控訴人が訴外小林育造に対し当庁昭和三三年(ワ)第一四七号売買代金等請求事件の確定判決に基き金一五万四、七七五円およびこれに対する昭和二六年二月一日から右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金債権を有すること、右訴外人の財産としては、水戸市砂久保町四八一五番木造木皮葺平家建居宅建坪一五坪五合があるだけであることは当事者間に争いない。

そして成立に争いのない甲第五号証(建物登記簿謄本)によると、右家屋には訴外石垣絹子のため昭和二六年一〇月二三日設定による元金三〇万円、弁済期昭和二七年一〇月三一日、利息年一割の約による債権の担保として抵当権が設定されていることおよび水戸市のため昭和二八年一月一九日市税滞納処分により、差押がなされていることが認められる。もつとも原審ならびに当審証人小林育造の証言によれば、右抵当権の被担保債権は、昭和二七年六月頃弁済に因り消滅しているけれども、小林は被控訴人に対する右債務を直ちに弁済することはできないことが認められ、また成立に争いない乙第二号証によると、右家屋の評価額は一〇万八、七〇〇円であることが認められ、従つてその時価はこれより多少上まわることは推認されるが、控訴人主張のように時価三〇万円ないし五〇万円と認める証拠なく、また市税が優先的に徴収されることを勘案すれば、これをもつて被控訴人の右債権の満足を得られるとは考えられず、従つて小林育造は資力が不十分であることが認められ、これに反する証拠はない。

そうすると、被控訴人はその債権保全のため、右小林育造の有する権利を代位行使しうるものといわねばならない。

二、昭和二六年五月二日、訴外小林育造がその所有にかかる別紙目録〈省略〉記載の二筆の土地(以下本件土地という)を控訴人に売渡したこと、当時右土地は現況農地であつたが地目は公簿上山林原野であつたので、県知事の許可を得ることなく、同日付で被控訴人主張のような各所有権取得登記を了したことは当事者間に争いがない。

控訴人は本件土地は地目が公簿上山林原野であるから、小林育造から売買によりその所有権の移転を受けるについては知事の許可は必要でなく、従つて控訴人は昭和二六年五月二日に本件土地の所有権を取得したものである。仮りに知事の許可を要するものとするも、昭和三五年三月一九日知事の許可を受けたので、右各土地の所有権の移転は控訴人が移転登記を経由した昭和二六年五月二日に遡つて有効になつたと主張するので判断する。現況が農地である土地の売買は、たとえその土地が公簿上地目が山林、原野であつてもその所有権移転につき知事の許可を要するものと解すべきであるから、控訴人は本件土地の所有権を取得せず、従つて知事の許可を得ずになした昭和二六年五月二日の登記は無効といわねばならないが、その後控訴人は昭和三五年一月一五日県知事に対し本件土地の所有権移転の許可申請をなし、同年三月一九日その許可を得たのであるから(このことは当事者間に争いがない)、このときに控訴人は本件土地の所有権を取得し、さきになした登記は実体関係に合致することになつたので、知事の許可を得た昭和三五年三月一九日から有効な登記と解するを相当とする。右と異る控訴人の見解は採用しない。

三、被控訴人は小林育造に対する前記債権を保全するため昭和三四年一二月二四日債務者小林に代位し、同人が控訴人に対する本件土地の登記の抹消登記請求権を被保全権利として控訴人に対し本件土地の処分禁止の仮処分を申請し、同日被控訴人主張のような内容の仮処分命令を得たが、小林はその頃代位権行使の事実は知つていたので、その後は本件土地に対しては処分権を有しない。従つて処分の前提たる知事の許可を申請する権限を有しないのであるから、知事の許可は無効で控訴人は本件土地の所有権を取得せず、さきになされた登記は無効であると主張するので判断する。被控訴人が債務者小林に代位して控訴人に対し本件土地につきその主張のような仮処分命令を得たことは当事者間に争いのないところである。およそ債権者が民法第四二三条により債務者の有する権利の行使に着手し、これを債務者に通知したとき、または債務者において右の事実を知つたときは、債務者は爾後その権利自体につき代位行使を妨げるような処分行為をすることはできないけれども、その権利の実現と背馳する一切の行為が禁止されるわけではない、(例えば債権者が債務者の土地に対する賃借権を保全するため、該土地に対する債務者の所有権に基き第三者に対し妨害排除請求権を代位行使しても、債務者は土地の所有権そのものを他に譲渡することを妨げられるものではない)。本件につきこれを見るに、代位権行使の目的となつた権利は債務者の抹消登記請求権であるところ、債務者小林が既に控訴人に対し売渡した本件土地の所有権の移転につき知事に対し許可申請をすることは、代位権行使の目的たる権利を処分することにはあたらないと解すべきであるから、小林が右許可申請をした当時代位行使の事実を知つていたか否かにかかわりなく許さるべきであり、従つて右申請に基き昭和三五年三月一九日に知事のなした許可は有効であり、控訴人は右許可のあつたときから本件土地の所有権を取得したものといわねばならない。右と異る見解に立つ被控訴人の右主張は採用できない。

四、被控訴人は、控訴人が小林と共同で県知事に対し本件土地の所有権移転の許可申請をすることは、被控訴人が控訴人に対してなした前記処分禁止の仮処分の後であるから、仮処分権利者たる被控訴人に対しては知事から許可を受けたことを対抗できないと主張するので判断する。控訴人に対する前記仮処分命令は、当事者間に争いのない内容からすれば、控訴人が本件土地の所有権を他に譲渡し登記名義を変えるとか、本件土地に質権、抵当権を設定するなどの行為を禁止したものであることは明らかである。ところで、本件においては債務者小林は被控訴人が代位権行使をした以前に既に控訴人に対し本件土地を売渡し登記を経由したのであるが、現況農地であるから知事の許可を得ない限り控訴人は本件土地の所有権を取得するものでないことは前説示のとおりである。それゆえ小林は売主として買主控訴人に対し本件土地の所有権を取得させるために、知事に対し所有権移転につき許可申請をなすべき協力義務を負担するものであるから、控訴人が小林と共同で農地法施行規則第二条第一、二項により知事に許可申請をすることは、たとえそれが右仮処分命令がだされた後であつても、右仮処分で禁止した処分をしたものとは認められないので、控訴人は昭和三五年三月一九日知事の許可を得たことを被控訴人に対抗できるものというべく、従つて被控訴人の右主張も採用できない。

五、叙上の次第で本件登記はいずれも実体関係を表示するもので有効であり、小林育造は控訴人に対し本件登記抹消請求権を有しないから、これを代位行使してなす被控訴人の本訴請求は失当であるといわねばならない。

よつて被控訴人の本訴請求を認容した原判決は失当であるから民事訴訟法第三八六条によつてこれを取消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担について同法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 和田邦康 諸富吉嗣 浅田潤一)

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